Messages from our donors and former scholars

 

新型コロナウイルス緊急支援募金

  • 今年、パンデミックの影響でいろいろと不便を感じているであろう後輩たちの助けになりますように。学長の数々のご英断に敬意を表して。

  • 教職員の方々の負担は増える一方で、在校生の不公平感を払拭することができない現状に少しでも貢献できればと思いました。こんなときだからこそ、卒業生の協力が必要だと思っています。ICUのこれからのさらなる繁栄を願っています。

  • 大学でのオンライン授業に係る整備に活用いただきたいです

  • 新型コロナウィルスの対応にて、いち早く全学生オンライン授業の開始に舵を切られたこと、また環境が整っていない学生への支援を行い、あるいは学生への問い合わせへも真摯に解答されている姿勢等、大変感銘を受けています。わずかではありますが、教育継続にお役立てください。
    また、学校関係者の皆様や学生の皆様への被害が最小限となることを願っております。

  • 学費減額の署名活動に対する学長からの回答文を学生のブログで読み、自分のできることをやろうと思いました。

  • 今の自分があるのはICUでの学びがあったからで、その充実した学びは多くの方のご寄付によって支えられていたということに改めて感謝いたします。今大変な状況にある後輩たちのために微力ながら支援させていただきます。

  • 大学のコロナ対策支援募金活動により困窮する学生がこれからも学業を続けることが出来ますよう心から願っています。

  • 変化の中で人は磨かれ、危機を乗り越えてさらに人は成長するものだと思います。今のチャレンジが将来の大きなジャンプに繋がることを楽しみに、今できることをしっかりと重ねていってください!

  • 人と人の繋がりが制限されてしまう中、自分を含め誰もが困っているであろう中、自分が何をしたら良いのか、自分には何ができるのかと迷っていました。学ぶことも、人と出会うことも、諦めないでほしいと願っています。

  • 新型コロナウィルス対策のために少しでも役に立てれば幸いです

 

 

ICU Peace Bell 奨学金

 

 ICU 初期の頃、ニューヨークにあったICU 財団からの奨学金があった。その原資はアメリカ人の篤志家からの寄付金が主体であり、それらの方々が新たに献学されたICU の教育に大きな期待を寄せていたことがうかがわれる。戦後の日本の再建は教育制度から、ということでICU の創立が計画されたが朝鮮戦争が起き、アメリカでの募金が予定通りに行かなかったことも背景にあったのかも知れない。

 私は財団からのこの奨学金の恩恵に浴した一人だが、湯浅学長から御礼の手紙には毎学期の成績も報告するように言われた。アルバイトに追われB・アヴェレージをとるのがやっとであった私は、この奨学金を寄付されたスポンサーの未亡人に自分の成績をどう表現するか苦慮したことを、今思い返している。その時は、ICU 3 学期制で年3 回結果がでることに、うらめしさを感じたものである。

 ICU 卒業後ガリオア・エロア資金からの奨学金やフルブライト上院議員の寄付による奨学金などに

より、海外の大学院に進学した同窓生もかなりの数に上っている。そしてこれら奨学生がやっと自分達も寄付することができるようになった時に、ICU Peace Bell 奨学金ができた。これをプロモートし

たのも奨学金の恩恵に浴したある4期同窓生を代表とする同窓生たちである。1 期のメンバーはその立場上他の期の模範となろうと募金委員会をつくり、我々がお世話になったクライダー学部長御夫妻のお名前を冠した「カール&エヴェリン・クライダー奨学金」として呼びかけることにした。幸い同期のアラムナイメンバーの協力も得られ、ICU Peace Bell スカラーを選ぶことができた。

 すでに何人かの同窓生(又は御家族)は実施しているが今後、このPeace Bell 奨学金の大きな原資として考えられるのは「遺贈」ではないだろうか。各大学(特にアメリカ)の例を参考に、考えように

よっては微妙な部分にふみ込まざるを得ない点も考慮に入れて、ICU としての制度設計を考えていただきたい。

 我々が入学した時には卒業生は一人も居なかった。そしてアメリカを中心とした人々が支えてくだ

さった。今我々には2 8000 人の同窓生がいる。今後ICU を支えるのは、これらアラムナイの我々である。

 

2018ICU Peace Bell奨学金 ご寄付者より)

 

 

今の私を育んだICU Peace Bell 奨学金

 

 兄のキャリアチェンジと弟の進学、そして私の受験時期が重なった2010 年秋。進学を意識し始めて以来、両親の経済的な負担が少ない方向での大学進学の道を模索している中でICU Peace Bell 奨学金の制度を知りました。当時ICU に在学していた先輩からかなり狭い門だと訊いていましたが、部活動の顧問教諭の多大なお力添えをいただきつつ応募し、無事スカラーに選出いただきました。当時は言葉にできませんでしたが、「自分の希望を応援してくれる人がいる、受け入れられた」という感覚は、大学生活を通じて私の人格の一部に昇華されていきました。

 高校時代の交換留学、大学時代の留学経験や学習ボランティア、留学生のサポート活動…これまでの経験一つひとつが現在のキャリア形成においても道標になっています。何より、ICU というキャンパスの多様性― どのようなことに対しても建設的に批判的でありながら、共存しているキャンパス が、今の私の人格を特徴づけています。

 卒業して早4 年目、現在は都内に拠点を持つ学校法人の企画部門に所属しております。自身の所属する学園やグループが有する資源を理解しつつ、省庁や自治体の抱える課題解決に向け事業提案をしております。教壇に立つ形ではありませんが、広い角度で教育に携われていることに感謝しています。また英語力を期待され、学内の部門を越えて仕事を依頼されることも増えて参りました。広い視野と語学力が衰えることのないように、またこれまで以上に自分の「やってみたい!面白そう!」という感覚を磨きながら、自身の人生をつくっていく―これが一つの恩返しになると信じながら邁進してまいります。

 昨年秋に発足した同窓会 Peace Bell Scholar 支部では、各世代間の連絡手段を整備するなど、少しずつ支部としての形態を整えております。メンバーの中には支部という枠にとらわれず、同窓会活動に積極的に参画している姿も見受けられます。今後も在校生・卒業生だけでなく寄付者の皆様ともコミュニケーションを図っていきたい―これは支部のメンバーに通底する思いです。引き続き長い目で活動をお見守りいただければ幸いです。

 

2018 ICU Peace Bell奨学金 卒業スカラーより)

 

 

ICU Peace Bell 奨学金

奨学金に込められた想い、そして願い

 

私共4期生が卒業したのは1960年、同期卒は160名程度でしか無く、近年約600名の卒業生数に較べるとこじんまりとしたクラスでした。現在では全員が約80歳という集団ですが、母校に対する感謝、愛着の念が強く今でも毎年同期会を開催し続けており、可能な限りこれからも続けたいとの希望が多数意見です。皆さんは、何故(?)と思われるでしょう。その最大の理由は、4期生の多くが語る「ICU教育の4年間が有ったから今の自分が在る」「教育と言う名の4年間の贈り物に対する感謝の念」です。私自身は、取り得は英語好きだけで、二浪の後にやっと大学生たる事を得た「出来ない坊主」でした。しかし、教養科目、英語教育のお陰か卒業後、当時では難事であった留学のチャンスにも恵まれ、ヨーロッパを活躍の舞台として金融、投資業界の荒波の中、組織を頼らず独力で生き抜く事を信条にやって来られたのはICUのユニークな教育、その後の留学経験のお陰です。

 卒業後40年を過ぎた2004年、仲間も定年期入りの頃、自分なりに強く考え出した事がありました。それは、大学に対する感謝の念を「形あるものとして残したい」ということでした。大学にとり、在校生にとり、最善の貢献は何か? 潤沢では無い自分達の資金で何が出来るのか? 日夜考慮を重ねた結果、辿り着いた決論は、「年100万円、4年間支給の画期的な奨学金制度の新設」でした。これほど多額な奨学金制度は、当時の日本では例は無く正に画期的でした。同時に考えた「原資は卒業生世代の順繰り的な寄付金によるものとする」も一つの工夫でした。加えて制度継続の為卒業世代から在校生へ、その在校生が次なる世代へと「寄付のトーチをリレー方式」で受け継いでゆく点にも斬新な創意ありと自負しました。 当時ICUの独自性が開校時程目立たなくなっている、という危機感もあり、何かもう一つの特色を付け加えたい、との願いもありました。成案を得て後、これを「具体的提案」の形で理事会トップ、学長、1~3期生の先輩方、同期仲間、後輩の諸氏にお伝えする事とし、約2年間何度も何度も提案メモを郵送し続け、そのメモが数十通に達した頃、理事会、大学トップの英断があり、06年この新奨学金制度がスタートしたのです。

 実際に奨学金支給が始まったのは08年4月で、現在までに卒業スカラーを含め受給スカラーは123名と聞きます。原資となる寄付金額も累積で5.4億円にも達しており、これまでご寄付頂いた方々のご厚志、ご支援に深く感謝する次第です。とは言え、この奨学金制度を当初の目的通り「国際性」「キリスト教主義」「リベラルアーツ」に次ぐ母校の第四の特色と呼ぶには、毎年約10数名の支給規模が如何にも小さいと言わざるを得ません。理想は、「学部全在学生2500名の約5%に年額100万円支給」でしょうか。この理想実現の為、私共を含む関係者全員による一層の戦略的工夫、行動が求められます。遠大な目標ですが、その達成に向け皆様どうぞお力をお貸し下さい。

(2017年 ICU Peace Bell奨学金 ご寄付者より)

 

寄付者とスカラーの繋がりを求めて

ICU Peace Bell奨学金の存在を初めて知ったのは、まだ進路に迷っていた高校3年生の秋。自分の可能性を制限したくなかった当時の私が、担任教師に薦められるがまま手に取った、その白いパンフレットは、緑に囲まれた開放的なキャンパスのイメージが印象的で、すべての学問を「教養」として一つの学部に統一している所が非常に魅力的に映りました。母子家庭で、兄弟姉妹も多かった私にとって進路選択とは常に、夢と学費のせめぎ合いでした。しかし、そこに紹介されていたPeace Bell奨学金という制度は、純粋に、自分の希望を追いかけていいのだと思わせてくれました。実際は応募こそしてみたものの、一学年から数えられる程の、そのわずかな定員数に入ることへの期待はほとんどありませんでした。それだけに、家族に見守られながら、大学から郵送されてきた少し分厚めの合格通知を開封した瞬間は私の人生で忘れられないものになりました。

  ICUを卒業してからもうすぐ2年が経ち、私は現在、貿易関係の仕事をしています。年齢も違えば、考え方も異なる、多様な人を抱える「組織」に所属し、一つの目標に向かって共働するというのは決して楽なことではないと感じますが、ICUでの経験に毎日、支えられています。奈良県の小さな町で生まれ育った私が、今こうして世界の現場で働けているのは、振り返ればあの秋に、ICUを知り、Peace Bell奨学金を知り、皆様と出会ったからにほかなりません。4年間の大学生活を叶えてくださった皆様にこの場を借りて、感謝申し上げます。

Peace Bell奨学金はこれまでに123名のスカラーを輩出し、そして来年、2018年4月をもって、設立10周年を迎えます。この記念すべき節目にあたって、先日、我々はPeace Bell Scholar支部を立ち上げるに至りました。支部の存在理由は、寄付者の方々と奨学生、そして奨学生と奨学生同士が繋がることのできる場の提供です。

 この報告書でも新たに「寄付者の方からの寄稿」「卒業スカラーからの寄稿」「スカラーへの冊子共有」という3つの取り組みが反映されています。寄付者の方々の想い、そして卒業・現役スカラーの活動を共有し、お互いを知り合うツールの一つにこの報告書がなればいいな、と考えております。この取り組みの実現、そしてそれ以前に支部の設立にあたっては、同窓会の先輩方、大学事務局の方々にたくさんのお力添えをいただきました。ICU同窓会募金部担当副会長、アドヴァンスメント・オフィスのみなさん、学生サービス部長、ありがとうございました。

 これからもPeace Bell Scholar支部では、コミュニケーションの場づくりを中心に活動してまいります。寄付者の皆様、スカラーの皆様とお話できるのを心待ちにしております。


(2017年 ICU Peace Bell奨学金 卒業スカラーより)

(各個人名や社名などはオンライン公開版用に省略・変更しています)