教育施設の整備 D館東棟修繕募金-歴史的建造物としての解説

歴史的建造物としての解説

ディッフェンドルファー記念館東棟の建築的特徴について

岸 佑(47 期 ID03/GSCC05・08)

キャンパスのほぼ中央にあるディッフェンドルファー記念館東棟(D館東棟)は、ロの字形の平⾯をもつ、地上 3 階、地下 1 階建ての鉄筋コンクリート造の建物である。建物の名前は、創⽴に貢献のあったディフェンドルファー博⼠に由来し、その功績を称えて、北側正⾯に湾曲した外壁と噴⽔から構成されるメモリアルが、1 階ラウンジ暖炉に彼の肖像写真がある。竣⼯は、1958年3⽉で、設計はヴォーリズ建築事務所、施⼯は⼤成建設。内部には、520⼈収容の講堂(オーディトリアム)と宗務部、そして多くの学⽣サークル部室を抱える。かつては、売店、郵便局、理髪店など⽣活に必要な機能も備えていた。

D館東棟は築後50年を⽬前とした2000年に⼀度修繕を⾏ったが、その後に「歴史的建造物」として注⽬されるようになった。2017年には、「DOCOMOMO(近代建築の記録と保存を⽬的とする国際学術組織)」の⽇本⽀部 DOCOMOMO JAPANが、2016年度選定作品としてD館東棟を選定している。⼀⽅で空調設備の不具合や内装の劣化などが⽬⽴つため、今回は東棟の歴史的価値を損ねないよう細⼼の注意を払いながら、⼤規模な修繕を⾏うことになった。そこで、東棟の歴史的建造物としての魅⼒について改めて記しておきたい。

⽇本近現代建築史からみると、東棟にはいわゆる「モダニズム」の美学が明確に表れている。コンクリートの床と柱を建物の構造とし、線や⾯といった幾何学的要素で全体が構成される。外観は装飾らしい装飾がなく、外周を囲む⼤きなガラス窓と中庭によって採光を確保する。これを建築では透過性が⾼いと評する。外の⼿摺りには窪みがあり、細く軽快な印象を与える。建築技術史的に⼤きく注⽬されるのは、窓枠のアルミサッシである。国産のアルミサッシとしては⼤変貴重なもので、これほど薄く細く作られたアルミサッシは、おそらくここでしか⾒られない。階段にも注⽬してほしい。なるべく広く使えるよう柱が側⾯に付けられ、踊り場の⼿摺りは、⽊のパーツを組み合わせて滑らかな曲線を描く。廊下や壁には、コペンハーゲンリブと呼ばれる、吸⾳効果のある⽊製の壁が備え付けられている。コンクリートには、型枠の⽊肌が残り、地階の⽣花室には、流紋の⽟砂利洗い出し床と茶室に使われる網代天井がある。⽟砂利洗い出しの床は2階中庭ルーフデッキの床にもみられ、網代天井は講堂にもある。ガラスやコンクリートといった⼯業的な材料が使われていながら、どこか⽊や⼿の感触を感じさせるのがD館東棟なのである。建築は社会的役割も担う。東棟は、教会堂と隣接する「教会会館」だが、竣⼯時期からみて⽇本で最初期の「学⽣会館」でもある。戦前の⼤学には、学⽣の課外活動の拠点である⼤学施設としての「学⽣会館」はおよそ存在しなかった。この意味でD館東棟は、戦後に創設されたICUを象徴する建物のひとつといってよい。加えて他⼤学ではこの種の建物の多くが既に取り壊され、今や「学⽣会館」は学⽣を対象とした賃貸住宅を指す⾔葉である。それゆえ、この東棟が竣⼯当時の姿をほぼ維持して使われ続けていることは、戦後⽇本の社会変化を建物から⾒るときに、⼤きな価値がある。

設計者についても触れておきたい。設計者のW.M.ヴォーリズは洋館のイメージが強く、東棟はそれと⼤きく異なる。しかし、このイメージのズレこそ、ヴォーリズがD館東棟で挑んだことだった。教会会館であり「学⽣会館」でもある建物をつくる、というアイデアはディッフェンドルファーに由来する。彼はICUの教会堂を単なる礼拝堂ではなく、社会活動と密接に関係した「現代的な教会堂」と位置づけ、その活動に教会会館が必要であると考えていた。建築史家の⼭﨑鯛介によれば、ヴォーリズは当初、このディッフェンドルファーの構想を⼗分には理解できなかったという。この構想を実現するには、これまでのヴォーリズと異なるデザインとスタイルが必要だった。これを実現させたのは、当時の若⼿所員だった⽚桐泉と稲冨昭である。ヴォーリズは、若⼿所員の提案を柔軟に受け⼊れ、明るい開放的なラウンジを求める学⽣からの要望を実現し、講堂へ向かう動線と部室の動線が交わらないよう⼯夫するなど、使い勝⼿の向上に配慮した。ヴォーリズは東棟竣⼯直後に建築活動から引退するため、この東棟は最晩期の建物になった。その直後にアントニン・レーモンドが教会堂の増改築を⾏う。レーモンドは細く軽快な印象をもつ東棟を意識したのだろう、教会堂とD館をつなぐコンクリートの渡り廊下をさらに薄く軽快に⾒えるよう作っている。レーモンドとヴォーリズの建築が並ぶ⾵景は、ICUでしか⾒られない。

主要参考⽂献

  • 樺島榮⼀郎『ある⼟地の物語̶中島知久平・ヴォーリズ・レーモンドが⾒た幻』(北樹出版、2019年)
  • ⼭﨑鯛介「⽇本で最初の学⽣会館̶ディッフェンドルファー記念館の建設経緯」⾼澤紀恵・⼭﨑鯛介編『建築家ヴォーリズの「夢」』(勉誠出版、2019年)

「D館東棟修繕募金の概要」に戻る